海鳴市は駅を中心に発展し、その周囲には高層ビルの建ち並ぶオフィス街が広がっている。
そのビルディングの一画。美しい湖を望める高級賃貸マンションのとある屋上に、スーツ姿に身を包んだ女性が佇んでいる。
カブリオレ・クーペだ。
彼女は長い黒髪を団子状に結い上げ、冷たく尖った視線を宙に向けていた。その先には彼女が居る位置よりもさらに高いビルが聳え立っている。
「……さて、今日も動きなしかしらね」
呟き、カブリオレは薄い化粧の乗った顔をわずかに緩めた。
目視での観測は鏡面ガラスに遮られて届かない。だが彼女が放った無数のサーチャーは、ビル内部にいる対象の状態を克明に記録し、情報を転送してきている。
未だ意識の戻らない使い魔と、その回復を待つ子供の魔導師。
計測された情報は、魔導師の著しい精神レベルの低下を示している。睡眠不足による疲労と一時的な栄養失調による貧血も。
「……どうしたものか」
顎をつまんで唇を舐めながら、カブリオレは独りごちた。
ここで彼女を叩き潰すのは、実に容易いことだ。
結界を張り、一瞬で加速してフロアガラスを突き破って侵入、魔導師を無力化してデバイスの中から残りのジュエルシードを奪い、撤収。
十秒もあれば、そのシミュレーションは現実となる。
弱り怯えきった子供の魔導師など一撃で粉砕できる確信が、カブリオレにはあった。
――だが、と。
カブリオレは思考する。
愛する主の命令は『監視』だった。
『わたしが言うのも何だけど、あんな小さな女の子が自分の意志と理由でジュエルシードを集めてるとは思えないんだよね』
なのはを連れて立ち去る中、優子はカブリオレにそう伝えていた。
『誰かが、あの子にジュエルシードを探させている。たぶんジュエルシードを運んでいた輸送船の事故っていうのも、そいつがやったコトなんだと思う』
その可能性は高い、とカブリオレは同意した。
『そいつがわたしたちの”敵”だわ』
と、優子は冷ややかに告げた。
輸送船の事故がなければ、この町にジュエルシードがばらまかれることはなかった。高町なのはが魔法に触れることもなかったし、優子の平穏が脅かされることもなかった。
その元凶こそが、朝比奈優子が絶対に許せない”敵”に違いなかった。
『あの子を泳がせて監視してちょうだい。あの子が敵と連絡を取るのを待って、その居場所を突き止めるのよ』
その言葉に従い、カブリオレは憔悴しきった魔導師・フェイトにサーチャーを張り付かせ、その所在を把握し続けていた。
監視を続けて二日目の朝だが、まだ敵と連絡を取る様子はない。ある程度自由な裁量を任されているのか、混乱して忘れているのか、失敗の報告を恐れているのか――どれも正解なのだろうな、とカブリオレは思った。
検討はついている。
彼女が時折口にする『母さん』という言葉。
母親のために、彼女はジュエルシードを集めている。
……それが『何故』かはわからないが。
丸一日以上張り付いた成果としては微々たる情報だが、やっている事は怯えた子供のうわごとを盗み聞きしているだけなのだから、そこはどうしようもない。
「……優しい方ですからね、お嬢様は」
呟いて、カブリオレは嘆息した。
そもそも、優子が自分で口にするほど冷徹に振る舞っているのなら『監視』などする必要もなかった。
高町なのはを引き離した後で、フェイトの口を割らせるのは簡単なことだった。戦闘兵器たるカブリオレにとって未成熟な子供の心をへし折るなど造作もない。手間をかけるなら記憶を解体することも、洗脳して操り人形にすることさえ出来ただろう。
そうした手段を、優子が思いつかなかったということはないはずだ。
カブリオレ・クーペの性能を、優子はよく知っているのだから。
「……あれから三年、か」
最近、何かにつけ思い出している古い記憶に、カブリオレは目を閉じた。
朝比奈優子は優しくて可愛い女の子だ。
だが彼女は理不尽な暴力を誰よりも忌み嫌っている。命や平穏、家族、自由と幸福、それらを傷つけられることを何よりも憎悪している。
――殺意すら抱くほどに。
「……」
ほんの僅かに眉間を歪めて、カブリオレは嘆息する。
……その摩擦がいつか、お嬢様を殺さなければいいのだけれど。
と、その時だ。
サーチャーの一つがある異変を捉え、カブリオレは鋭く眼を光らせた。
●
大きく肩で息をつくと、優子は苦笑してぱたぱたと手を振った。
「まあ、この話はもういいでしょう? これ以上は平行線になるだけだわ」
重苦しい空気を振り払うように、続ける。
「わたしの方針は今言った通りだけど、なのはがあの子と対決――説得したいって言うなら、それは邪魔しない。とりあえずそれで勘弁してくれる?」
「う、うん……」
完全には納得していないのだろう、釈然としない顔で頷くなのはに、優子は悪戯っぽく片目をつむってみせた。
「その代わり、どういう結果になったとしてもジュエルシードはわたしが回収してみせる。だから、なのはは勝ち負け後先考えずに全力全開でやったらいいわ」
全力全開、とその言葉を口の中で転がして、なのはは頷いた。
心地よさそうな、パズルのピースを填めた時のような笑顔で答えを返す。
「うん! わたし、頑張るよ!」
「わたしが集めたジュエルシードは、事件が終わったあとにまとめて、ユーノくん――あなたに返却する。そういうことで構わないわね?」
と優子に問われ、ユーノは少し迷った後に小さく頷いた。
「そういうことなら、ぼくは構いません。……あの、でも、本当に返してくれますか?」
「信用できない?」
こちらを見上げるフェレットの眼差しを見返して、優子は言った。
「繰り返すけど、わたしはあんなもの要らない。わたしの望みは、少しでも早くいつもの日常を取り戻すこと。そのためにはジュエルシードなんて邪魔なんだよ」(――
あなたもね)
「――――ッ!」
ぞわっ、と総毛だってユーノは小さな身体を竦ませた。優子にほんのちょっと睨まれた、それだけで背中が凍りついたような気がしたのだ。
言葉尻に滑り込ませるように送られてきた念話。
その一言に、ユーノは躊躇いがちに答えを返した。
(……ぼくを、怒っているんですか?)
(憎んでいるわ)
素っ気なく、だがはっきりと優子は告げた。
(この事件自体はあなたの所為じゃない。でもね、なのはが魔法使いになったこと。そのために危険に晒されたこと。それだけは確実にあなたの責任だわ。おかげで、わたしの秘密まで知られる羽目になった)
(……っ!)
(ジュエルシードがばらまかれただけなら、まだ良かった。わたしが骨を折るだけで事件は解決できたろうし、わたしはわたしの日常を取り戻すことができた。……あなたがなのはに関わりさえしなければ)
(ぼくは……そんなつもりは……)
(あなたがどういうつもりだろうと事実が変わるわけじゃない。わたしの感情も)
結果は変わらない。
起きたことは元に戻せない。
もう今更、何もなかったことにはできない――。
「……さて、もう話しておくことはないよね?」
黙り込んだユーノから視線を外すと、優子はゆっくりと腰を上げた。
「じゃあね、なのは。また明日、学校で」
「あ――あの、ちょっと待って、優子ちゃん」
きびすを返そうとしたところで声をかけられて、優子は立ち止まった。
振り返って視線を下ろすと、胸元で両手を固めたなのはが躊躇いがちに続ける。
「あの、お願いがあるんだけど……」
「うん?」
「わ、わたしに魔法を教えてくれないかな」
「……わたしが? なのはに?」
呟いて、優子は眉間にしわを寄せた。
訊ねる。
「それはどうして?」
「……わたし、負けちゃった」
表情を暗く沈めて、なのはは囁いた。
固めた両手を膝の上に置いて、深く息を吸い込んで、続ける。
「でも、次は負けたくない。ううん、優子ちゃんの話を聞いたら、もう負けられないんだ。あの子とちゃんと話をするためにも、わたしのこと分かってもらうためにも、それからみんなを守るためにも、正々堂々と全力で勝ちたい。だから、優子ちゃんに魔法の使い方を教えて欲しいの。一昨日の優子ちゃんは、わたしなんか全然敵わないくらい、すごかったし、だから……」
「――ああ、そっか。ありがとう」
柔らかな笑顔を浮かべて、優子は頷いた。
「うん。なのはの言いたいことはわかったよ。確かにその考え方は間違ってない」
「優子ちゃん……!」
「でもね」
と、優子はテーブルに手をつき、なのはに対して身を乗り出した。
しなやかな猫のような仕草で、鼻の頭が擦れあう距離、唇と唇が触れあうぎりぎりの境界まで踏み込み、戸惑うなのはに微笑みかけ、そして。
「――――ぜったいに、イヤ」
秘め事を伝えるようなかすれたささやき声で、優子は笑顔のまま拒絶した。
「………………………………、え?」
優子が顔を離して数秒ほど経ってからようやく、なのはが喘ぐように声を漏らした。
「え……え、あれ? えっと、どうして……?」
優子の表情から、まさか断られるとは思わなかったのだろう。視線はおろおろと彷徨い、尋ねる口調もどこか舌っ足らずになっている。
優子はしばらくその表情を見下ろしていたが、やがて頭を一振りして額に掌を当て、乱れた前髪をかき上げた。
「あのね、なのは……」
「うん」
「わたし、なのはのことは大切な親友だと思ってる。これはほんと。でも、きっとこんな事件がなければ、わたしが魔法使いだってことは話さなかった。たぶん、一生」
なのはの瞳に困惑の色が浮かんだ。
「……どうして?」
「なのはと親友の朝比奈優子と、魔法使いの朝比奈優子は違う生き物だから」
「優子ちゃんの言ってること、よく分かんないよ」
「それはね、なのはが勘違いしてるからだよ。いや気づいてないだけかな?」
優子はいくらか苦しげな顔をしながらも、なのはの前に右手を差し出した。
肌の白く、細長い指をした少女の手のひら。
その手のひらが、きらりと光を放った。じっと注視していたなのはとユーノが思わず目をつむったほど強い光だった。
「わ……」
優子の手のひらに稲妻が絡みついている。
まるで光で編んだ手袋をしているようだった。
勢いよく吹き出した電流が宙へ飛び出し、身をよじり、溶け消えていく。手のひらが崩れてはまた元のかたちを取り戻す。その繰り返し。
なのはは質問も忘れて、その光景に見入っていた。しかし、優子が唐突にその稲妻を束ねてナイフに変え、自分の眼前に突きつけてくると目を丸く見開いて息を飲んだ。
「……!」
「これはね、魔法なんてメルヘンな呼び方してるけど、そんな可愛いものじゃないんだよ」
束ねた稲妻を握り潰し、もみ消して、優子は真剣な顔でなのはを見つめた。
「――これは、暴力だわ」
「っ、そんな――」
「反論禁止。魔法は暴力なの。他人を傷つけねじ伏せる力。どう言い繕ったってそれが真実なんだよ」
「そ、そんなことはないよっ!」
悲鳴のように、ユーノが叫んだ。
「ぼくらの魔法には、非殺傷設定がある! 無闇に人を傷つけない、そのための技術だよ!」
「非殺傷設定? それが何だっていうの。魔力ダメージでも痛みや衝撃は感じるのよ。殺さなかったら暴力じゃないとでもいうつもり?」
「……っ!」
優子の冷ややかな視線を浴びて、ユーノは押し黙った。納得はできていないのに、反論する言葉が見つからない、もどかしげな様子だった。
再びなのはに視線を戻して、優子は続けた。
「わたしにとって魔法はひとに教えるものじゃないし、友達と仲良く共有するものでもない。なのはのお家でやってる剣術だって、ほいほい気安く教えてるわけじゃないでしょう?」
「う、うん。それは、そうだけど……」
「それがどうしてか、わかる? ――力には責任が伴うからよ」
なのはを見据える視線に強い光が宿る。
「わたしたちがちょっと気まぐれを起こせば、人を殺すことも街を破壊することも簡単にできる。実際にするかしないかは関係ないよ? 問題はそれが『可能』だということ。それだけの暴力がたった一人の『意志』に委ねられていること。それが魔法という力の怖さなの。魔導師はその怖さを一生背負って、常に自分を制御しなくちゃいけない。……それが魔法使いになるということなの。魔導師は、わたしはそういう生き物なのよ」
「……」
「そんなこと、誰かに知らせる必要もないし、知られたくもなかったの」
「……わたし、そんな風に考えたこと、なかった」
沈鬱に目を伏せて、なのはは呟いた。自然と胸元のレイジングハートに触れていた右手が、畏れるように震えていた。
「ユーノくんと出会って、魔法を手にして……自分にできることがあるなら、お手伝いしたいって思って……優子ちゃんの言う怖さとか覚悟とか、そんなの全然考えもしなかった。もしかしたら、どこかで浮かれてたかもしれない……」
「……なのはに、そういう覚悟ができないとは思わないよ」
優子は言った。
その言葉に、え――となのはが顔を上げる。
呆けたような表情を見せるなのはに、優子は小さく微笑み、続けた。
「むしろ、なのはは誰よりも正しく魔法を使える魔導師になれると思う。誰かのために頑張れること――それは、強さだからね」
でも……、と真顔になって優子は告げた。
「なのはは魔法なんかに関わらないほうが幸せになれると思うな。……まあ、わたしが言っても説得力ないけど」
「……優子ちゃんは?」
「わたしは弱いから」
くしゃりと顔を歪めて、優子は苦笑した。
「わたしの魔法は、わたしが、わたしのために創ったもの。わたしが幸せになるために必要なものなんだ。だからわたしは魔法を捨てられない」
大変なんだ、と優子は吐息混じりに視線を横に向けた。その視線の先にあるものは、現在ではない。遠くに置いてきた過去の自分だ。
そんな優子の横顔を見て、なのはは目尻を下げた。緩く息をつく。
やがてかぶりを振って視線を戻した優子は、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「色々言ったけど、なのはとわたしでは、
才能も
素質も
適正も全部違うから、どっちみち教えられることなんてあまりないんだ。共通する基本的なスキルは、毎日の地道な反復訓練でしか身につかないからね。即席の付け焼き刃じゃかえって危ないし、なのはの持ち味を殺すことにしかならないよ」
なのはの適正を砲撃とするなら、優子のそれは
爆撃と言える。無限の魔力を運用することが前提にある優子の戦い方を学んでも、なのはにとっては意味がなかった。
「そう、なんだ……」
少し落胆したように、なのははこちらを見ていた。こちらの言いたいことは理解できているのだが、それを受け入れるにはまだ未練がある顔だった。
先手を取るように、優子は続けた。
「でもね」
と、告げる。
「わたしの魔法をなのはに教えることはできないけど、わたしの魔法でなのはを助けることはできるよ」
「優子ちゃんが……わたしを?」
「そうだよ。なのははわたしの大切な友だちだからね。傷ついてたり、困ってたりしたら、いくらでも力を貸すよ。だから、一緒に守ろうよ。この街を……みんなを」
なのはは何か、頭の中で整理でもするように視線を上にあげた。いや、そんな大げさなことでもなかったのかもしれない。数秒ほどで、彼女はすぐに忘我の淵から戻ってきた。
柔らかく微笑を浮かべ、頷く。
「うん――ありがとう、優子ちゃん。その、今日は色々お話ししてくれて、嬉しかった。あの子のこととか、魔法のこととか……わたし、もっとよく考えてみる」
その言葉に小首を揺らして、優子は微笑んだ。
●
それは唐突だった。
「――あなたは何をしているのかしら」
フェイトがその声を聞いたのは、眠りに落ちる寸前のことだった。
といっても、睡魔に襲われていたわけではない。単に疲労が限界に来ていたのだ。
ストレス、睡眠不足、軽い貧血、残留する魔力ダメージ……たとえ優秀な魔導師であろうとフェイトはまだ九歳の少女であり、その身体は多少は鍛えてある――という程度の性能でしかない。弱りきった身体は当然のように休息を求めている。
それでも、フェイトはその声を聞いた瞬間、カッと目を見開いて飛び上がった。電流でも流し込まれたように、一瞬で意識が覚醒する。
部屋の中央に、ぼやっと紫色に光る球体が浮かんでいた。
サーチャーだ。
紫に光る魔力光は、母――プレシア・テスタロッサのそれ。
サーチャーが瞬き、低く重たい母の声が部屋に響き渡る。
「フェイト。答えなさい。あなたはそこで何をしているのかしら」
「母……さん……」
ほかにどうしようもなく、フェイトはつぶやいた。サーチャー越しに届いた母の声は平坦で――ただ呼ばれたのと変わらずに、ごく普通に、聞こえた。その声音には特にどうという感情もうかがえない。
ぞっとした。なんの根拠もないが。サーチャーの向こうでこちらを観察している母は、そら恐ろしいほど激怒している。確信する。
「フェイト」
少女が何も言えないうちに、プレシアは淡々とした声で続けた。
サーチャーが明滅する。
「わたしは確か、ジュエルシードを探してくるよう頼んだはずだけれど、それはわたしの勘違いなのかしら?」
「ち、違いません……」
「それなら、ジュエルシードは全部集めたのね? そんなところでのんびり怠けているということは、当然、母さんの言いつけはきちんと済ませたということなんでしょう?」
「あ、あの……アルフ、が……」
恐怖に痺れて舌をもつらせながら、フェイトは言った。
「アルフが、目を覚まさなくて、だから……」
「だから?」
プレシアが鋭く問うてくる。
その声音には、はっきりと怒りが聞き取れた。
「たかが使い魔一匹が目を覚まさないから、それがなんなの? その程度のことが、わたしの言いつけを守っていない理由になるの?」
母の声は、細かく震えている。それは怒りのせいだけではない、と思う。かなり前から母の身体は病気に冒されている。
だからこそ、自分がジュエルシードを探していたのだ。母の代わりに。
「あ、あの、わたしは……」
「ジュエルシードはいくつ集めたの」
フェイトは溶けた鉄でも飲み込んだような気持ちになった。あるいは、その方がずっと幸せだと思えた。この母に、こんな報告をするよりは。
「ひ……」
「聞こえないわ。もっとはっきり言いなさい」
「……ひ、ひとつだけ、です……」
「…………
一つ、ですって?」
繰り返すプレシアの声は、泥のように澱んだ響きを持っていた。
フェイトの目に涙が溢れた。恐ろしくて、恐ろしくて、意識が朦朧としてくる。今すぐこの場から逃げ出したくてたまらなくなった。
もちろん、そんなことが出来るわけもなかった。
「……あなたがその世界に行って、一週間。それだけの時間をかけて探し出せたジュエルシードが、たったの一つだけ……?」
「あ、あぁ……」
フェイトは息を詰まらせ、泣きながら、震える腕で自分の身体を抱きしめた。サーチャー越しに伝わる母の気配がどんどん険しくなっていく。
追い詰められていた。
静かに、フェイトの嗚咽とプレシアの言葉が部屋の中を満たしていく。
「……そう。良く分かったわ、フェイト」
「か……母さ」
「あなたには、失望したわ」
フェイトは叫んだ。叫ぼうとした。
だがそれは声にならず、フェイトはただ目を限界まで見開いて、歯を噛みしめた。涙がとめどなく溢れて、フローリングの床を叩いた。空っぽの胃がぐるりと裏返り、喉に何かがつっかえて息ができなくなった。
ぐらぐらと揺れる意識の中で、プレシアの声だけが確かに響く。
「ロストロギアは、母さんの夢を叶えるためにどうしても必要なもの。特にあれは……ジュエルシードの純度は、他のものより遙かに優れてる。だからこそ、あなたに頼んだのよ、フェイト。優秀なあなたなら間違いなくわたしの期待に応えてくれるだろうと思っていたのだけれど――どうやらそれは勘違いだったようね」
喉が破れた。そう錯覚する。息が吐けた。
すがりつくようにフェイトは叫んでいた。
「ま、待って――――待って、母さん! ごめ、ごめんなさい! 違うんです!」
「言い訳は聞きたくないわ。あなたの顔なんてもう二度と見たくない」
「お願いします! 母さん、話を聞いて――――!!」
それからフェイトは、怒濤のように言葉を紡いでいた。
時々舌が絡んで支離滅裂になりながらも、この一週間どんなに真剣にジュエルシード探しをしていたか。自分がどんなに母を敬愛しているか。そして白い魔導師の女の子や、あのとてつもない魔力を秘めた魔導師のこと、自分をかばって倒れたアルフのこと、何もかもを細大漏らさずに話し続けた。
その間、プレシアは一言も返事を返さなかった。ただ僅かに、フェイトを倒した魔導師の話を聞いたとき、歯軋りするような気配がこぼれた。
やがて一通り語り尽くしたフェイトが言葉を切らすと、プレシアの放ったサーチャーがゆっくりとフェイトに近づいた。
しばらくして――
フェイトの息を飲んで見守る中、サーチャーから母の気配がこぼれた。短い嘆息、そこで全てを振り払ったかのように、声からは感情が失われていた。
「……フェイト。あなたは、わたしの娘。大魔導師プレシア・テスタロッサの一人娘」
母の声は淡々と続く。
「不可能なことなどあっては駄目。どんなことでも……そう、どんなことでも成し遂げなければならないの。わかるわね?」
「……はい、母さん」
フェイトは頷いた。涙で濡れた頬が、カッと熱くなった。
プレシアがささやくように告げる。
「あなたにもう一度だけチャンスをあげましょう」
「っ……!」
「今度こそ、母さんの期待に応えてくれるわね? 私の娘……可愛いフェイト」
「はい……ッ!」
新しい涙を流して、フェイトは叫んだ。
――良かった、と思った。まだ、見捨てられたわけではない。もちろん許されたわけではないけれど、母さんに認めてもらうチャンスは、まだ残されている……!
「……あなたは優しい子だから、躊躇ってしまうこともあるかもしれないけど、邪魔するものがあるなら、潰しなさい。――――どんなことをしてでも!」
母が言った。
フェイトは頷いた。
そうだ、もう今のわたしに、後はない。
母さんのために、母さんに喜んでもらうために、必ずジュエルシードを手に入れる。
そのためなら――
「……少し眠るわ。次は必ず、母さんを喜ばせてちょうだいね」
「はい、行ってきます。母さん……」
わたしは、どんなことでもしよう。